タイ佛教修学記

佛法を求めてタイで出家した時のこと、出会った人々、 体験と学び、そして心の変遷と私の生き方です。


礼拝

阿羅漢であり正等覚者であるかの世尊を礼拝いたします

ナモータッサ ・ パカワトー ・ アラハトー ・ サンマー・サンプッタッサ(3回)



2020/09/19

インド・仏跡巡礼のこと


私は、還俗した後、インドへと向かい、ブッダゆかりの地を中心とした仏教遺跡をひとりで巡礼した。


格好をつけた言い方をするならば「巡礼」だが、単なる「バックパッカー」であったのかもしれない。



それはともかく、タイで知り合った日本人の友人のアドバイスによれば、比丘として仏跡を巡ったほうが待遇がいいから、還俗する前にインドを旅した方がよいとのことであった。


インドには、“修行者”を尊ぶ土壌がある。


ヒンドゥーの行者もたくさんいるし、わずかではあるが仏教徒も存在する。


仏教の比丘とわかれば、相応の対応をしてくれるそうなのだ。


比丘は、仏教寺院であれば無料(ないしは安価で)で宿泊することができるし(と言うよりも、基本的には、比丘は寺院に宿泊をしなければならない)、食事の供養も受けることができる。


タイほど手厚いもてなしではないが、それなりに優遇されるというのである。


私も、もちろん比丘としてインドの地を巡礼したかったのであるが、結論から言えば、還俗してからインドへと向かったのであった。






インドの大地





嗚呼・・・


私も、比丘としてインドの地を踏んでみたかった。


ブッダがお生まれになった地、インド。


かのブッダがこの土を踏みしめていたのだ。


仏弟子たちが瞑想修行に明け暮れた地なのだ。



ブッダやその弟子たちと同じ修行者として、ブッダゆかりの地へ行きたかった。


私は、ブッダその人と、原始仏教に憧れ、タイの森のお寺での瞑想修行を目指して、晴れて出家することができた。



それほどまでに熱い思いを持っていて、なぜ還俗してからインドへと向かう選択をしたのであろうか。



通常、タイの比丘がタイ以外の国を旅する時は、在家者を同行させる。


それは、常時、戒律を犯すことがないよう、比丘ができないことをお願いする人を身近に置いておくためである。


つまり、持戒生活を保つために“おつきの者”をつけるのだ。


タイの比丘にとって、戒律を守った生活を送ることは、何よりも重視される。


ところが、比丘は、戒律上、一人では何も動きをとることができない。


ゆえに、ひとり旅となると、必然的に戒律を破ってしまうことになるのだ。



タイと同じく仏教国を旅するであれば全く問題はない。


周囲はみな仏教徒であるし、仏教寺院もたくさんある。


比丘として歩いていれば、誰かが助けてくれるからだ。



日本人には信じがたいことだと思うのだが、突然、食べ物を供養されたり、車に乗せてくれたりするのである。


比丘の手助けをすることは、大きな功徳となるからだ。


食べ物の心配をする必要はないし、宿泊する場所にも困ることはない。



ところが、インドではそのような都合にはいかない。


インドをひとり旅するとなると、絶対に持戒堅固な生活を保つことができなくなる。


はじめから必ず戒律を破るということがわかっているのであれば、それはやはりやるべきではないだろう。


私は、そのように判断したため、還俗したうえで、一介の在家仏教徒としてインドを巡礼することにしたのである。






ブッダガヤ大塔・金剛宝座と菩提樹






私にとってインドの地は別格であり、特別な場所だ。


あれほどまでに憧れたブッダ。


私が授かった戒律の師僧を遡れば、やがてはブッダその人に至る。


テーラワーダ仏教の比丘たちは、誰もがそうした誇りを持っている。


私もブッダの法を実践するブッダの弟子なのだ。



嗚呼・・・



しかし、戒律を破る選択をしなくて良かったと思っている。


在家者としでなければできない経験もたくさんさせていただくことができた。



言ってみれば、やはり“バックパッカー”としてインドを旅してきたわけである。


バックパッカーもなかなかいい旅である。


バックパッカー上等だ。



実に気ままな旅をすることができた。


自由にさまざまな国の仏教寺院を訪ねることもできた。



ブッダその人は、私の憧れではあったけれども、インドの地は少々“人”に疲れてしまう。


予定していた仏跡の巡礼を終えた頃には、タイが恋しくなってしまった。



インドの地は、私にとって特別な地ではあるけれども、私の第二の故郷は、やはりタイである。






バラナシのガンジス川から撮影





最後に、私が巡礼した主な場所を振り返ってみたい。


ブッダとその弟子たち、そして先人たちが仏教を実践し、伝えてきたインドの地に思いを馳せてみるのもまたよいのではないだろうか。


われながら、よくこれだけの地をひとりでまわったものだと感心する。

(自画自賛のようで大変恐縮であるが、大目に見ていただいて、何卒お許し願いたい。)


ブッダへの篤き思いの現れである。


今、もう一度、行って来てよいと言われたとしても、少々躊躇してしまうかもしれない。


もちろん、何度でも行きたい場所であるのは言うまでもない。




・ルンビニー:ブッダが生誕された地

・ブッダガヤ:ブッダが成道された地(悟りを開かれた地)

・サールナート:初転法輪の地(最初に説法をされた地)

・クシナガル:ブッダが涅槃に入られた地

(以上、インド四大仏跡)


・ラージギール:ブッダが仏教を説いた地(王舎城・竹林精舎・マガダ国の都)

・シュラヴァスティ:ブッダが最も長く滞在した地(舎衛城・祇園精舎・コーサラ国の都)

・サーンカシャ:天界へ昇って説法をして、降り立ったとされる地

・ヴァイシャ―リー:猿がブッダに蜂蜜を布施した地。第二結集が行われた地。

(以上、インド八大仏跡)


・ナーランダ僧院跡:玄奘三蔵が留学し、仏教を学んだ僧院跡

・サーンチ―の仏塔:最も古いとされている仏塔がある地

ナグプール:インドの新仏教徒たちが多く暮らす街

(以上、インド)


・ナモーブッダ:ブッダが前世で虎の親子に自身の身体を布施したとされる地

(以上、ネパール)


・タキシラ遺跡:ガンダーラ美術の中心地

・ペシャワール:ガンダーラの中心都市(ペシャワール博物館)

・ラホール:有名なブッダ苦行像が収蔵されている博物館がある街(ラホール博物館)

(以上、パキスタン)


・アヌラーダプラ:ブッダ成道時の菩提樹の直系の子孫である菩提樹の木がある聖地

・キャンディ:ブッダの歯が祀られている「仏歯寺」がある街

・スリーパーダ:ブッダの聖なる足跡という意の山、スリランカの聖地

(以上、スリランカ)




サートゥ
(สาธุ / sādhu / 
善なるかな)




(『インド・仏跡巡礼のこと』)









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2020/09/09

私にタイ語を教えてくれた先輩比丘Bさんのこと


タイで出会った人の中で忘れることのできない人物の一人が、チェンマイ市内のお寺でともに過ごした先輩比丘Bさんだ。


実は、私と同い年なのだが、少年の頃から出家をしているので、出家者としては、すでに大ベテランの比丘である。



Bさんは、マハーチュラロンコン仏教大学を卒業していて、英語の教員免許を取得しているそうだ。


将来的には、アメリカへ行きたいのだという夢を私に語ってくれた。



そうした夢を叶えるためなのだろうか。


お寺の境内を通りかかる西洋人観光客を捕まえては、境内を英語で案内しながら、日々、英会話の腕を磨いていた。


「お前ももっと積極的に英語を話せ!」と言われたのだが、なにせ私は英語ができない。


学・高校で、英語を学んだはずなのに、全くモノになっていないとは、なんとも情けない話ではないか。



そんなBさんは、大変真面目で、とても綺麗好き、かつ几帳面。


非常に信頼のおける人柄だ。



私がタイ語を学びたいのだということを伝えると、毎日、午後1時に境内の一角にある机に集合して、掃除が始まる午後4時まで、私はタイ語を、Bさんは英語を勉強しようではないかと提案してきた。


もちろん、私は、二つ返事で承諾した。


以降、私がこのお寺を出るまで、私はタイ語を、Bさんは英語を毎日勉強した。


私にとっては、大変助かった。


言葉の勉強などおおよそ一人でできるものではない。


おそらく、Bさんも英語の勉強時間が欲しくて、双方の利益が一致したに過ぎないのだが、これほど親身に付き合ってくれたBさんにはとても感謝している。


その他にも、ビザに関する書類を記入してくれたり、何かと親身になって私を助けてくれた。






ともに過ごしたチェンマイ市内のお寺。
このお寺の境内で私はBさんと一緒にタイ語を学んだ。






Bさんは、仏教の海外伝道師の資格も取得しているため、仏教に深く通じている。


そうか、だからアメリカへ行きたいというのが夢だったのか。


タイの詳しい仏教事情についても、たくさんのことを教えてもらった。


やってはいけない危険な瞑想があるという話は、大変興味深いものであったし、修行をしたいのなら、やはり森林僧院でワット・ノーンパーポンだとすすめてくれもした。


初めから森林僧院が目的だった私にとっては、ますます私の目的に対する確信を得るところであった。


Bさんは、私と同い年だということや、実は、私も学生時代に教員免許を取得していたことなどから、いくつもの共通点があって、どこか親近感があった。



もちろん、勉強ばかりではなく、時々、雑談も楽しんだ。



キリスト教の聖書はたったの2冊だが、仏教の経典はどうして何十冊もあるのだ!などといった仏教に関する他愛もない話で盛り上がった。


それはそうである。


その通りだと私も思った。


日本にいたっては、大学でお世話になった『大正新脩大蔵経』は、タイ版大蔵経(パーリ三蔵経典)よりも多い全100巻である。


この中に、例えば『大般若波羅蜜多経』600巻が収録されているのだから、細かく言えば、経典の数は数えきれないほど多くなる。


容易に読破できるものではない。


まさに八万四千の法蔵だ。


この冗談交じりの“ボヤキ”には、ついつい笑ってしまった。




私は、その後、森の修行寺へと旅立った。


Bさんは、私が旅立つ少し前に、バンコクのワット・スタットという有名な大寺院へと移っていった。


高僧のお世話をする役目を担う僧侶としてお寺に入るそうだ。


一度、バンコクのワット・スタットで再会し、私もお寺に滞在させていただいていたことがある。


その際に、私もご挨拶をさせていただいたのであるが、Bさんが仕えている高僧は、相当な偉いお坊さんのようだ。


その高僧は、海外にいくつものタイ寺を建立している人物らしく、おそらくは、そうしたコネクションを狙ってのことだろうと思う。


その努力が実って、私が日本へ帰国した頃には、アメリカのサンフランシスコにあるタイ寺が運営するタイ人学校で教師となったようだ。


日本から手紙を出したところ、サンフランシスコの美しい絵葉書と、教師として教鞭をとっている彼の写真が送られてきた。



そう、タイは、コネクション社会なのである。


お寺を移動する時も、どこかへ引っ越す時も、全て友人・知人のコネクションがモノを言う。


かく言う私も、友人を頼った経験があるし、そもそもタイで出家できたのもコネクションをつなげることができたからに他ならない。


日本では“コネ”というと、少々悪いイメージを持つことがあるが、コネクションを頼ったほうが信頼できるし、確実で、安心できるのだ。




Bさんは、現在、在家者としてハワイで生活をしている。


マッサージの仕事で生計を立てているようだ。


当時、私に語ってくれた夢を見事に叶えているではないか。



実は、サンフランシスコのタイ寺へ手紙を書いて以来、何年も連絡が途絶えていた。


どうやらその間に還俗したようである。


海外伝道師の資格まで所持している彼が、なぜ還俗したのであろうか・・・。


それは、私には、わからない。




今は、大変便利な世の中だ。


SNSで海外の友達ともつながることもできる。



Bさんの名前を検索してみた。


Facebookを利用しているようで、リクエストを申請してみたところ、繋がることができた。


以来、彼が発信するFacebookの投稿を通じて、時々、彼の元気な姿を確認している。



投稿内容は、やはり元・比丘で、元・教師である。


仏教的な内容や哲学的な内容がちりばめられ、どこか詩的な雰囲気が漂う、大変気品ある文章だ。



ともかく、人生をエンジョイしているようだ。


その元気で楽しそうな充実した姿を見て、私はとても安心した。



・・・積もる話を交わしてみたい。


メッセージを送って、コミュニケーションをとってみたい気もするが、タイ語も英語もできないゆえ、写真を見て楽しむ程度であるのが残念でならない。



あの時、タイで話していたくらいのタイ語くらいならできるだろう!と怒られそうだ。


・・・話すのと、書くのとは違うのだよ。



(『私にタイ語を教えてくれた先輩比丘Bさんのこと』)









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2020/08/29

ラオス人比丘Kさんのこと


私は、チェンマイの山奥の小さな森のお寺で出家をさせていただいた。


小さな森の修行寺であるから、比丘の数もほんの数えるほどしかいない。



そもそもが修行寺だ。


一日中、誰ともしゃべらない。


言葉を勉強するためには、やはり不向きである。



ビザの更新をきっかけに、住職と私のお世話をしてくだった瞑想指導の先生との計らいで、チェンマイ市内にある町のお寺へと出ることになった。



引っ越し先であるチェンマイ市内のお寺は、ターペー門という有名な観光スポットから歩いて行ける距離にある下町の小さなお寺である。


このお寺は、私の出身大学に関係している先生から紹介していただいたお寺で、右も左もわからないタイの地で、一人で生活をしていく第一歩を踏み出すこととなった思い出深いお寺となった。



大変人柄のいい親切な比丘ばかりで、忘れることができないお寺だ。


こじんまりとしていて、とても静かな雰囲気ではあるのだが、近所の人たちが入れ替わり立ちかわりお寺へと顔を出すような、大変人情味溢れる下町のお寺である。


みんなお寺の近所に住んでいる人たちばかりで、毎朝食べ物のお布施を届けに来たり、ワンプラの日には必ずお寺へと通ってくる。


そのような状況であるから、私は、すぐにみんなと顔見知りになった。






ワット・タートルアン(ラオス・ヴィエンチャン)

ラオスで最も格式の高いお寺で、ヴィエンチャンの有名な観光名所のひとつともなっている。このお寺へも私を案内してくれた。






チェンマイ市内には、比丘が通う仏教大学のチェンマイ校が2か所ある。


(マハーチュラロンコーン仏教大学(マハーニカイ)とマハーマクット仏教大学(タンマユット)のチェンマイ校の2校。)


比丘の学生たちは、市内のお寺から大学へと通うのである。


私が滞在したこのお寺は、そんな学生たちの学生寮的な性格を有している。



お寺で私と親しくしてくれた比丘の一人であるKさんは、ラオスからの留学生で、お寺から大学へ通っている。


タイの仏教大学の卒業資格は、ラオスにおいても“大卒の資格”として通用するのだという。


そのため、タイへ留学に来るのだそうだ。


そうしたラオスからの留学生がチェンマイ市内に数名いると教えてくれた。


実際に、市内の別のお寺に“下宿”している、Kさんのラオス人の知人に会わせてもらったことがある。



さて、ラオス人比丘Kさんも、私のビザの更新と重なって、ちょうどビザの更新が必要となるため、一度、ラオスへ帰国しないといけないということで、一緒にラオスへと行くことになった。


お寺を出て外出(外泊)をする時には、住職の許可を得なければならない。


Kさんと一緒に住職の部屋へと行ったことを覚えている。



Kさんは、私よりもいくつか若い。


詳しく年齢を尋ねてはいないのだが、私は、当時25歳で、Kさんは比丘で、学生だったことから、おおよそ20~25歳であったのではないかと思う。


しかし、(Kさんに失礼かもしれないが)まるで少年のような心の持ち主で、年齢を思わせない大変無邪気な性格で、人懐っこく、本当に私に対してとても親しく接してくれた。



Kさんは、ラオスの首都・ヴィエンチャンにほど近い村の出身で、私とKさんは、Kさんが出家をした村のお寺で宿泊することとなり、ビザが発給されるまでの数日間を過ごした。


おそらく、彼は、村では大変なエリートなのだろう。


タイの大学へ留学すること自体が難関で、選抜された人物なのだと思う。


それを感じたのは、Kさんのお寺でのことであった。



日本で言えば、朝礼のような場面だ。


食事前の訓示とでもいうのだろうか、久しぶりに帰ってきたであろう自分のお寺にいるたくさんのサーマネーン(沙弥・未成年の見習い僧)たちを前に何やら話を始めた。


朝食前とはいえ、その雰囲気から、少々かしこまった場のようで、隣には年齢も相応の貫禄のある住職が座っていた。



その時の姿は、それはそれは大変堂々としており、いつも私と接しているKさんではなかった。


訳もわからずに、ちょこんと座っている私がどこか場違いな気がした。


(後日、調べてみたところ、やはりタイへは容易に留学することはできないらしく、それなりの選考があるようである。おそらく私の推測した通りであるのだと思う。)






Kさんとともに過ごしたチェンマイ市内のお寺。
私は、ここでタイ語を学んだ。





そんなKさんとは、チェンマイからヴィエンチャンまでの往復の夜行バスで、ずっと隣の座席であった。


夜行バスに揺られている間中、ひたすら夢を聞かせてくれた。



英語を活かした仕事に就きたい。


将来的には、日本へ行って仕事をしたい。


だから、今、頑張って勉強に励んでいるのだ。



そのように、ひたすら私に語ってくれた。



夢を語ってくれるのは嬉しいのだが、夜行バスの中である。


そろそろ眠たくなってきても、なお熱く語って来るKさんには、少々困ってしまった。


熱く語る姿は、とても素敵ではあるのだが・・・。



眠ったら眠ったで、私の方へと倒れ込んでくるものだから、これまた困ってしまった。


話し疲れてしまったのだろうか。


押しても、押しても、こちらへと倒れ込んでくる。



しかしながら、全く憎めないのがKさんなのだ。



Kさんが出家したお寺では、あれほど堂々としていた彼であるが、チェンマイの私たちのお寺では、一番後輩の比丘となるため(一番下は私であるが)、お寺の作務のことなど、先輩比丘たちからいろいろと教えてもらったりと、なかなか余裕がない様子であった。


また、毎晩、今日は母親に、今日はお姉さんにと、毎日のように手紙を書いていた。


私はと言えば、何か月に一回程度、無事を知らせる連絡を日本の実家に入れる程度であるため、随分と寂しがり屋さんなのだなあと思ったものだ。


瞑想や仏教に関しては、あまり関心がないようで、Kさんと瞑想や仏教に関する話題を交わしたことはあまりない。


一方で、非常に勤勉で、深夜まで手紙を書いているか、勉強をしているかのどちらかであったことをよく覚えている。



帰国前にチェンマイのお寺へ挨拶に行った時に会って以来、Kさんとは会っていないし、連絡もない。


帰国後、日本からラオスの彼の実家へと手紙を出したのだが、全く返信が返って来ない。


郵便事情が悪いらしい話を聞いてはいたのだが、やはり気になる。



その後、きちんと大学を卒業したであろうか。


今も、元気でやっているだろうか。


まだ比丘を続けているだろうか。



Kさんも私と同じく、いい年齢になっているはずであろうから、おそらくどこかで大いに活躍しているに違いない。


何と言っても、Kさんは、村の期待の星だ。


Kさんの無事を願うとともに、いつか再会を果たしたいものだと、ひとり空想の世界に遊んでいる。




(『ラオス人比丘Kさんのこと』)









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2020/08/19

僧院長のつき人


私は、ある森林僧院にて、僧院長の「つき人」をさせていただいていたことがある。


僧院長とは、当時、師事していた瞑想の先生だ。


僧院長は、瞑想指導だけでなく、たくさんの所用があり、とてもお忙しいお方であった。



なぜ、私につき人のお声がかかったのかは、僧院長のみ知るところであるのだが、とても有難いお役目をいただいたと思っている。



森のお寺の中で毎日ひたすら瞑想の日々であった私にとって、数少ない外出の機会でもあり、大都会であるバンコクの景色を見るのは、ちょっとした楽しみでもあった。


ただ、都会過ぎるバンコクは、森の中で瞑想の毎日であった私には、少々刺激が強す過ぎると感じたこともあった。



それらも含めて、今となっては、とても良き思い出だ。






『Forest Sangha Calender 2017・2560』より





僧院長が外出される際には、必ず私にお声がかかるので、一緒にお供をして、私がカバンなどの荷物を持ったり、必要な雑務を行う。


食事の際には、鉢を準備したり、洗ったりする。


要するに、僧院長の身の回りのお世話をさせていただくわけである。



バンコクにお寺の出張所のような施設があるため、僧院長がバンコクへお出かけになる際には必ずそこへ立ち寄ることになっている。


その出張所は、バンコクにたくさんいる信者さんのお宅へ向かう際の拠点となっていた。



森のお寺からバンコクまで車で約3時間程かかる距離なのだが、タイ人にとっては、そのくらいの距離は遠いとは言わないようだ。


森のお寺での生活は、とにかく朝が早い。


車に揺られるとすぐに眠たくなってしまうのが、なんとも困ってしまうところである。


瞑想しようにも、延々と続く車の揺れと、強い眠気には勝てなかった。



さて、お寺のバンコクの出張所では、僧院長の部屋に呼ばれて、マッサージを頼まれることがあった。


タイでは、目上の者に対して、目下の立場にあたる者がマッサージをするということがよくある。


これは、特に珍しいことではなく、ごく一般的なことだ。



そうしたタイの慣習に従って、私も僧院長のお身体をマッサージさせていただいた。


しかしながら、マッサージを熟知しているわけでもなんでもなく、もちろん見よう見まねである。


「ここ」「あそこ」と、次々と言われるがままにマッサージを行っていく。


何も言われなくなれば、こちらの側で適当に見当をつけて、マッサージを行う。



そんな見よう見まねのマッサージであっても、気持ちがいいと言っていただけたのは、僧院長の気遣いと優しさからだろうか。



マッサージの際には僧院長と二人になる。


この時、いろいろな体験談やさまざまなエピソード、瞑想修行上の話、あるいは僧院長が師事した先生のお話など、実にたくさんのお話を聞かせていただいた。


僧院長の苦労話や問題や課題を越えて来られた話は、とても参考になるし、大変励みとなるものであった。


教えていただいた方法を実際に自分の中へと取り入れてみたりもした。



マッサージの時間をはじめ、移動の時間や待機の時間など、私と僧院長の二人きりである。


普段、交わすことは絶対にないであろう話題ばかり。


これらの話は、僧院長の「つき人」でないと聞けないことばかりだ。


他愛もない雑談のひとつひとつが実に貴重な話だ。



このような時間こそが、そしてこのような会話こそが深い学びの時間なのだとつくづくと感じる。



さすがに、マッサージに慣れていない私は、手がヘロヘロになったり、痛くなったりしたのだが・・・。


なぜなら、このマッサージは、目上の者が「もういいぞ」と言うまで続けないといけないのである。


それが、タイにおける上下関係の決まり事だから仕方がない。



・・・そのようなことを考えていると、僧院長から「もういいよ」というお声がかかった。



どうして、私の考えていることがわかったのであろうか。


マッサージの力加減が変化したのであろうか。



それも、僧院長の心遣いなのかもしれない。



それほど長期間に渡って「つき人」をさせていただいたわけではないのだが、大変貴重な時間を過ごさせていただいたと思っている。


自分よりも先を歩んでいる人、先生や先輩の言葉には、素直に耳を傾けて、とにかくよく聞いておくべきであると思う。


その時は、意味がわからなくとも、いつか腑に落ちて、己の血となり、肉となる日が必ず来る。



タイの森林僧院で学んだ日々のこと、タイでお世話になった方々の顔、多くのことを思い出す。


実に貴重な時間を過ごさせていただいたと感謝の気持ちしかない。



この時の僧院長からの学びを忘れないようにしなければと思う。


そして、今の私の生き方としていくべく、しっかりと噛みしめていきたいと思う。




(『僧院長のつき人』)









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