タイ佛教修学記

佛法を求めてタイで出家した時のこと、出会った人々、 体験と学び、そして心の変遷と私の生き方です。


礼拝

阿羅漢であり正等覚者であるかの世尊を礼拝いたします

ナモータッサ ・ パカワトー ・ アラハトー ・ サンマー・サンプッタッサ(3回)


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2013/03/27

サーマネーン達とともに


サーマネーンとして出家し、日々を過ごしていく中で、私はある自分の姿に気づいた。
いや、みせつけられたのだ。


サーマネーンは出家者といえども、比丘に対しては礼拝をしなければならない。


また、比丘とは席をともにすることもできない。


私の心の中によぎる・・・どうして比丘として出家できなかったのかと。

比丘として出家をするためにタイへ来たのではなかったのかと。


悔しさと怒りがこみ上げてきた。

上手くいかなかったことへの恨みの気持ちもあった。


しかし、身にまとう法衣の力であろうか。


比丘に対して礼拝しなければならないとは、自分に対して礼拝もらいたいということか?

いつしか「比丘として出家すること」だけが目的になってはいないか?


法衣は自己を見つめさせてくれた。

悔しさと怒りと恨みの気持ちの向こう側を見せてくれた。


よくよく自己を省みてみると、学びに来たのは仏教であり、瞑想である。

そして、仏教の生き方である。


見せつけられた自己の姿とは、紛れもない傲慢(ごうまん)な自分であり、怒りの姿であった。


自己の慢心を満たすためにタイへ来たのではない。

むしろ、その心の塵をなくしてゆこうとする生き方を学ぶためにタイへ来たのだ。

心穏やかな生き方を求めてタイへ来たのではなかったか。


少しづつ悔しさと怒りと恨みの気持ちは、小さくなっていった。



タイでは、多くのサーマネーン達がいる。

そして、寺で生活し、学んでいる。


私も、縁あってサーマネーンとなった。

そして、サーマネーン達とともに出家中の一期間を過ごした。


多くのサーマネーン達は、日本でいえばだいたい小学生の高学年から中学生・高校生の年齢だ。

サーマネーン達とともに寝泊まりし、ともに食事をとった。


サーマネーン達は実に楽しそうである。

実に明るい。


そして、たくさんの笑顔がある。


私があるサーマネーンに、


「家族と離れてさみしくないのかい?」


とたずねたことがあった。


そのあるサーマネーンは、


「もちろん家族が恋しいにきまってる!」


と答えた。


それも当然のことであろう・・・日本いえば小学生か中学生だ。


サーマネーンといえども、出家をしたからには家族と離れて寺で過ごさなければならない。

しかし、そのあとすぐに、



「でも、みんなと一緒だから平気だよ!」

「楽しいよ。」



と笑顔で言った。


夜・・・


テレビのある部屋にサーマネーン達が群がっていた。

その中には、昼間は厳しく教鞭をとっていた先生もいた。

先生も生徒も同じ輪の中に入って、ともにテレビを見て笑っている。

とてもあたたかな風景に見えた。


珍しい外国人サーマネーンの私に自分の夢を語ってくれたサーマネーンもいた。

頑張って英語を勉強して外国へ行きたいのだと。


タイで海外を夢見る者は多い。


そんなサーマネーン達との生活は、どこか童心に帰るような思いにさせられた。

私にとっては、あたたかな風景であったのと同時に、自己の心の内面を反省させてもくれた。


それもご縁であった。


自分の中にうごめく汚い心をも見せつけられた。

私の機根を育ててくれたにちがいない。


それもご縁であった。


いや、必然だったのかもしれない。

仏教では偶然はない。

全てが必然なのだ。


そのような道を歩むべくして歩むことになったにちがいない。


すぐに比丘として出家できるはずであった。

比丘として出家するためにタイへ来たはずであった。


しかし、サーマネーンとしてから出家することになった。

それもご縁であった。



※関連記事

『業というものがあるのなら・・・』
http://tekutekubukkyou.blogspot.jp/2013/01/blog-post_18.html



(『サーマネーン達とともに』)



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2013/03/24

沙彌出家


私は、はじめ沙彌、つまりサーマネーンとして出家した。

サーマネーンとして一時期を過ごしたのち、比丘として出家することができた。



サーマネーンとは、通常、20歳以下の未成年出家者を言う。

少年僧、あるいは見習い僧のことである。


しかし、ごく稀に、20歳を超える者であってもサーマネーンとして出家する者もいる。

厳しい修行寺などでは、年齢を問わずサーマネーンからしか出家を認めない寺もある。


私の出家は、その稀なケースであった。


私は、すでに20歳を過ぎており、比丘として出家できる条件を満たしていたのであるが、出家を支援してくれる存在である「家族」がいなかった(外国人の出家の場合は、家族の代わりとなって出家を支援してくれる存在が必要)ため、比丘として出家することができなかった。


しかし、その時私がお世話になっていた寺の住職のすすめで、サーマネーンとしての出家を認められ、許していただくことができた。


サーマネーンの出家は、比丘の出家よりもより簡易的であることからサーマネーンとして出家させていただくこととなったのだ。



サーマネーンの出家と比丘の出家との大きな違いは、
(年齢条件を除く)


①守るべき戒律の数が違う。

比丘は、227の戒律を守って生活を送らなければならないが、サーマネーンは10の戒律を守りながら比丘に準じた生活を送る。


②サーマネーンは、三師七証がいなくても出家できる。

正式な比丘となるには三師七証が必要で、少なくとも10人の比丘が必要となる。
三師七証とは、
三師・・・戒師の他2名の師となる僧
七証・・・師僧からの受戒を証明する7人の立ち会いの僧
のことで、サーマネーンの出家は、師僧、つまりは戒を授ける戒師のみで出家が認められるので、比丘の出家よりも簡易的なのである。


③サーマネーンの出家時期はいつでもよい。

比丘の出家は通常、パンサー期間中(安居期間中)は出家できないことになっている。
しかし、サーマネーンの出家は年間を通じて出家ができ、パンサー期間中であっても出家ができる。
しかしながら、パンサー期間中を比丘やサーマネーンとして過ごすことに重きがおかれ、意義が認められるので、一般的にはパンサー期間中に出家は行われない。


④サーマネーンは、正式な寺でなくても出家ができる。

比丘出家は、どこであってもできるというものではない。

比丘の出家は、正式な寺で、正式な作法でもって行われなければならない。

正式な『寺』とは、布薩堂(タイ語:ウボーソット、ボーット/日本語で言えば、戒壇)を備えた寺のことで、この布薩堂において出家の儀式が行われる。

なお、布薩堂がない『正式な寺ではない寺』のことをサムナックソンといい、布薩堂のない場所では出家の儀式が行えず、出家ができない。

サムナックソンというのは、あえて日本語で表現すると布教所といったところか。

ちなみに、私が出家した寺も、簡素ではあるが正式な寺であった。



その他、サーマネーンとは、先述の通り、比丘は227の戒律を保たなければならないが、サーマネーンは10の戒律を保ち、比丘に準じた生活を送る。

それゆえ、サーマネーンは比丘には戒律で禁じられた作務を代行したり、比丘と在家者との取次ぎ役的な役割を果たす。


サーマネーンは出家者ではあるが、比丘に対しては、布施をする形式をとり、比丘に対して合掌または三礼(3回の礼拝)して接しなければならない。


また、比丘とサーマネーンが同席することは許されない。

例えば、食事の席などは両者明確に分けられる。


出家者はであっても、正式な戒律である227の戒律を受けた者ではないということであり、清浄ではないという観念による。


このように、比丘とサーマネーンとははっきりとした違いがある。



サーマネーンも比丘と同じ衣をまとっており、外見上は比丘と全く同じだ。


しかし、タイでは、比丘とサーマネーンとの境界線が明確に存在するのである。



⇒『沙彌出家』後篇・・・『サーマネーン達とともに』へ
http://tekutekubukkyou.blogspot.jp/2013/03/blog-post_27.html



(『沙彌出家』)



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