ある午後の穏やかなひと時。
突然、住職が私の前に置かれている水が入ったコップを指差した。
そして、穏やかながらも、ほんの少し眉を眉間に寄たような表情で私に言った。
「ちょっと、そのコップをどけてあげなさい。」
私は、何を言っているのかすぐに理解ができなかった。
戸惑っていると、私の横に座っていた比丘が
「そこに蟻がいる。
その蟻のためにコップをどかしてあげなさいということだよ。」
と、コソッと教えてくれた。
よく見てみると、確かに蟻が一匹歩いている。
このままだと、知らずにコップを置いた時に潰してしまうかもしれない。
だから、蟻を殺してしまわないようにコップをどけてあげなさい。
そういったことを住職は言っていたのである。
それにしても、前々から聞いてはいたが、タイのお寺はなかなか細かい。
いや、当たり前と言えば、ごく当たり前のことである。
ところが、日本の生活に慣れきっていた私は、そうした気持ちが少なからず湧き上がってきたのだ。
一体、誰が蟻一匹にまで気を配るだろうか・・・。
蟻一匹の命までをも大切にするというその姿勢は、さすがだと感じた。
これほど些細なことにまで注意を払うのかと驚いたエピソードだった。
タイの森の修行寺では、「生き物を殺さない」ということについて、かなり厳しく実践されている。
もっとも、「厳しく実践されている」と思っているのは、日本人である私だけなのかもしれない。
厳しいとか、厳密だとか、そういったものではない。
なぜならば、タイ人からすれば、生き物を殺さないということは、ごく当たり前のことだからである。
誰もが知っていることであるし、誰もが心掛けていることがらだからである。
また、お寺に限られたことでもなくて、ごく普通のことなのだ。
できる限り殺生は避けようとするし、うっかり殺そうとするなら注意もされる。
むやみやたらと生き物を殺すことはない。
日本では、家の中や部屋の中などで“虫”を見かけることさえ無くなってしまったが、タイでは、今でもごく普通に見かける。
さまざまな種類の虫から爬虫類に至るまで、たくさんの生き物たちをよく見かける。
机の上や、食器の横を蟻が歩いていることなど日常の光景なのだ。
森の修行寺であれば、もっともやっかいな相手は「蚊」だろう。
たとえ蚊であったとしても、決して殺さない。
修行寺では、特に厳しく戒律が意識されるためなおのことである。
蚊に刺されたとしても、ふぅーっと息を吹きかけて追い払ったり、手で払ったりする。
・・・どうだろうか。
日本では、ほとんどの人が“パチン”とひと叩きでなのではないだろうか。
タイでは、「殺虫剤」や「蚊取り線香」は、“殺生”をするためのものなので、あまり好まれないのだという。
そのため、売れ行きが悪いという話を聞いたことがある。
なるほど、確かにお寺では「殺虫剤」も「蚊取り線香」も使ったことがないし、見たこともない。
しかし、“虫よけ”として使用するようなタイプのものはあったように記憶しているし、“虫よけ”としてお線香(蚊取り線香ではない。虫は煙を嫌うらしい。)を立てることはあった。
“虫よけ”としてであれば、虫を殺すものではないので、当方としても、先方としても安心だというわけである。
やはり、日本の生活であれば、何も考えずに殺虫剤を使用しているところだ。
「殺す」という行為は、どんなに小さなものであったとしても攻撃的な感情を基としている。
小さな生き物であっても殺してしまわないように、よく自分の行為を注意していくことで、自己の観察にもつながってくるものだ。
しかしながら、生き物を殺さないということを実際に実践してみると結構難しいことに気づかされる。
実生活のなかでは、どうしても虫などの生き物を殺さざるを得ない場面もたくさん出てくる。
これは、単に台所に現れた“ゴキブリ”を殺してしまうのとは全く意味合いが異なるだろう。
日本で生き物を殺さないことを実践しているのだと言うと、笑われてしまうことがある。
確かに、完全に守り切ることは不可能なのかもしれない。
しかし、無理だからと言って、全くの無視はいかがなものだろうか。
何も考えず、不必要に殺してしまっていいというわけでもない。
はじめから守り切るのは不可能なものだとして、見向きもしないのか。
あるいは、はなから無理なものだと決め込んでしまってはいないだろうか。
何度も触れていることではあるが、心掛けるという姿勢こそが大切で、たとえほんの少しであったとしても、取り組んでいったり、取り組んでいこうとすることが大切なのではないかと私は思う。
戒を守ることで、心と生活を整えていくという意味とともに、自己の行為行動を見つめていくなかで、生活そのものを瞑想としていくことにもつながるものである。
そうした深い意義を今更ながらに改めて噛みしめている。
(『生き物を殺さないということ』)
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