私が出家をしたチェンマイの山奥にある森の中の小さなお寺では、毎朝、食前に必ず唱えられる経文がある。
『戯れのため(に食するの)ではなく、
おごり高ぶりのため(に食するの)ではなく、
虚飾のために(に食するの)ではなく、
見栄のために(に食するの)ではなく、
ただこの身を支えて、
飢えなどの苦痛をなくし、
ひたすら仏道修行を成し遂げる
ためだけに食するのである。』
(※一部抜粋。食前に唱えるお経は、寺院や僧院によって異なる。)
このように食事の前に省察し、食事を摂るのである。
食事は、楽しむために食すのではない。
食事は、味わうために食すのではない。
飢えをしのぎ、この身を保ち、仏道修行を成し遂げるためだけに食すのである。
それが出家者にとっての食事だ。
ゆえに、『おいしい』『お腹いっぱい』『もっと欲しい』などという言葉は、出家者が言ってはならない言葉であるから気をつけなさいと教わった。
私は、結果的に3年タイで生活をしてきたが、タイ料理の名前をひとつも知らないままであった。
今、知っているタイ料理の名前は、すべて日本へ帰国してから知ったものばかりである。
おそらく、ひと通りのタイ料理は食べているはずだ。
よっぽど珍しい料理や滅多に食べないような料理でない限り、一度くらいは口にしていることと思う。
日本では決して目にすることはないであろう田舎の郷土料理や地方の料理なども食べている。
風変わりなものや所謂“下手物”もだ。
しかし、その料理の名前を知らない。
何を食べたのかも知らない。
なぜならば、知る必要がないからである。
出家者は、布施されたものを食することになっているし、また布施されたものしか食することができない。
出家者の側から乞うてはならないし、求めてはならない。
ただ布施されたものを食するのみなのである。
だから、それがどのような名前の料理であって、どんな食材で、どのようにして作られているのか・・・そうしたことを一切知らないのだ。
森のお寺の修行者たちは、食事の際はバーツ(鉢)を使って食べなければならない。
食事(料理)を取り分けて食するのであるが、自分のバーツのなかへと取り分けた後、敢えて中にいれた物をかき混ぜて、所謂『ぶっかけご飯』や『まぜご飯』のようにしてから食べる修行者がいる。
これは、修行熱心な西洋人比丘に多い。
『食』への執着を絶つために、あるいは少しでも『おいしく』食べたいという欲を絶つために、敢えて食べる前にかき混ぜて、すべてをごちゃ混ぜにしてしまうのだという。
私も、そのようにして食べようかと考えたことがあるのだが、『気づき』を保ちながら食するというのであれば、そのようなことをしたところで同じだと先輩比丘から言われたことがある。
『気づき』を保ちながら食することとは、すなわちひと口ひと口の『味』を“感じて”いき、あるいは口腔内に感じるさまざまな感覚や食べている時の感覚そのもの、または食べているという動作そのものへと『気づき』を向けて食べていくことだ。
まさに、それこそが『食べる』という生活上の動作をきっかけとした『気づき』であり、『瞑想』である。
たとえ、かき混ぜたところで、自己満足に陥ってしまったり、勝手な達成感に陥ってしまう可能性がある。
あるいは、『私は瞑想を“やっているんだ”』という自己顕示欲や慢心を育ててしまうだけとなる危険性があるという意見を聞いて、確かにそれも尤もな見解だと深く納得をしたため、私は実践することはなかった(何回かは実践したように思うが)。
確かにかき混ぜたとしても、かき混ぜなかったとしても、それなりの味を感じていくことになるのだから、どちらもそれほど変わらないと思ったことを覚えている。
かき混ぜたところで、食事の際に『気づき』がなければ意味がない。
いずれにしても、食事の際もきちんと『気づき』を保っていくことができるかどうかが問われるわけである。
カオマンガイ、トムヤムクン、ソムタム・・・
ナンプラー、パクチー・・・
これらは、一度くらいは、耳にしたことがあるのではないだろうか。
タイ料理は大変な人気となっており、専門店もよく見かけるようになった。
タイ料理のレトルト食品や缶詰めなども、手軽に購入することができるようになった。
いまでこそ広く知られるようになったタイ料理であるが、私がタイで出家しようと志した頃は、タイ料理など全く知られていなかった。
すでにごく一般的な調味料のひとつにもなっている『ナンプラー』でさえも、『なんだそれは?』と言われるほどであった。
そうしたことを思うと、日本の環境は、大変な変わりようだ。
タイ料理を見ると、このようなタイでのエピソードを思い出す。
そして、そのたびに『気づき』を保たなければと、『気づき』から離れていた私に気づかされるのであった。
(『ぶっかけご飯で“食べる瞑想”』)
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