私は、ある森林僧院にて、僧院長の「つき人」をさせていただいていたことがある。
僧院長とは、当時、師事していた瞑想の先生だ。
僧院長は、瞑想指導だけでなく、たくさんの所用があり、とてもお忙しいお方であった。
なぜ、私につき人のお声がかかったのかは、僧院長のみ知るところであるのだが、とても有難いお役目をいただいたと思っている。
森のお寺の中で毎日ひたすら瞑想の日々であった私にとって、数少ない外出の機会でもあり、大都会であるバンコクの景色を見るのは、ちょっとした楽しみでもあった。
ただ、都会過ぎるバンコクは、森の中で瞑想の毎日であった私には、少々刺激が強す過ぎると感じたこともあった。
それらも含めて、今となっては、とても良き思い出だ。
『Forest Sangha Calender 2017・2560』より |
僧院長が外出される際には、必ず私にお声がかかるので、一緒にお供をして、私がカバンなどの荷物を持ったり、必要な雑務を行う。
食事の際には、鉢を準備したり、洗ったりする。
要するに、僧院長の身の回りのお世話をさせていただくわけである。
バンコクにお寺の出張所のような施設があるため、僧院長がバンコクへお出かけになる際には必ずそこへ立ち寄ることになっている。
その出張所は、バンコクにたくさんいる信者さんのお宅へ向かう際の拠点となっていた。
森のお寺からバンコクまで車で約3時間程かかる距離なのだが、タイ人にとっては、そのくらいの距離は遠いとは言わないようだ。
森のお寺での生活は、とにかく朝が早い。
車に揺られるとすぐに眠たくなってしまうのが、なんとも困ってしまうところである。
瞑想しようにも、延々と続く車の揺れと、強い眠気には勝てなかった。
さて、お寺のバンコクの出張所では、僧院長の部屋に呼ばれて、マッサージを頼まれることがあった。
タイでは、目上の者に対して、目下の立場にあたる者がマッサージをするということがよくある。
これは、特に珍しいことではなく、ごく一般的なことだ。
そうしたタイの慣習に従って、私も僧院長のお身体をマッサージさせていただいた。
しかしながら、マッサージを熟知しているわけでもなんでもなく、もちろん見よう見まねである。
「ここ」「あそこ」と、次々と言われるがままにマッサージを行っていく。
何も言われなくなれば、こちらの側で適当に見当をつけて、マッサージを行う。
そんな見よう見まねのマッサージであっても、気持ちがいいと言っていただけたのは、僧院長の気遣いと優しさからだろうか。
マッサージの際には僧院長と二人になる。
この時、いろいろな体験談やさまざまなエピソード、瞑想修行上の話、あるいは僧院長が師事した先生のお話など、実にたくさんのお話を聞かせていただいた。
僧院長の苦労話や問題や課題を越えて来られた話は、とても参考になるし、大変励みとなるものであった。
教えていただいた方法を実際に自分の中へと取り入れてみたりもした。
マッサージの時間をはじめ、移動の時間や待機の時間など、私と僧院長の二人きりである。
普段、交わすことは絶対にないであろう話題ばかり。
これらの話は、僧院長の「つき人」でないと聞けないことばかりだ。
他愛もない雑談のひとつひとつが実に貴重な話だ。
このような時間こそが、そしてこのような会話こそが深い学びの時間なのだとつくづくと感じる。
さすがに、マッサージに慣れていない私は、手がヘロヘロになったり、痛くなったりしたのだが・・・。
なぜなら、このマッサージは、目上の者が「もういいぞ」と言うまで続けないといけないのである。
それが、タイにおける上下関係の決まり事だから仕方がない。
・・・そのようなことを考えていると、僧院長から「もういいよ」というお声がかかった。
どうして、私の考えていることがわかったのであろうか。
マッサージの力加減が変化したのであろうか。
それも、僧院長の心遣いなのかもしれない。
それほど長期間に渡って「つき人」をさせていただいたわけではないのだが、大変貴重な時間を過ごさせていただいたと思っている。
自分よりも先を歩んでいる人、先生や先輩の言葉には、素直に耳を傾けて、とにかくよく聞いておくべきであると思う。
その時は、意味がわからなくとも、いつか腑に落ちて、己の血となり、肉となる日が必ず来る。
タイの森林僧院で学んだ日々のこと、タイでお世話になった方々の顔、多くのことを思い出す。
実に貴重な時間を過ごさせていただいたと感謝の気持ちしかない。
この時の僧院長からの学びを忘れないようにしなければと思う。
そして、今の私の生き方としていくべく、しっかりと噛みしめていきたいと思う。
(『僧院長のつき人』)
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