タイ佛教修学記

佛法を求めてタイで出家した時のこと、出会った人々、 体験と学び、そして心の変遷と私の生き方です。


礼拝

阿羅漢であり正等覚者であるかの世尊を礼拝いたします

ナモータッサ ・ パカワトー ・ アラハトー ・ サンマー・サンプッタッサ(3回)


2007/05/14

法を喜ぶ友となりますように・・・

はじめに。

あなたのタイでの体験を是非ともみんなに発信してください・・・

このようなお声を何人もの方からいただいた。

私は、求道の一心でタイへ渡ったのであって、何かのかたちにまとめたりするつもりは全くなかった。
また、そのようなことをしようとすると、当初の目的とはかけ離れてしまうのではないか・・・と怖くもあった。

今、振り返ってみると、いかにも中途半端な自分を後悔する恥ずかしさ・・・また、反対に人に自身のことを紹介することによって起こり得る傲慢な心。

心は常に濁流のごとく暴れまわるもの。

しかし、今回改めて自分の足跡を振り返ることも、仏道を身につけることにつながるのではないか・・・との考えに思い至り、ひとつの形にしてみようと思い立った。

また、ここで紹介したことことが、今後、仏教の修学を志される方への参考としてお役に立てるのであれば、今もこの先もずっと、私の心の中にだけ秘めておくよりも、価値があるのではないかという思いに至った。

ただ、ひとつお断りをしておかなければならないことは、ここで紹介させていただくことはあくまでも、私が経験したこと、そして見聞したことをまとめたものです。

私は、いまだ未熟で、高い境地に達したわけでもなく、悟りを開いたわけでもありません。
さらに、僧侶でもなければ、学者でもなく、研究者でもありません。

ただ純粋に仏教にひかれ、仏教を求めたひとりの日本人です。
ただただ仏教の生き方を身につけたいと切に願ったひとりの日本人です。
タイにおいて比丘として出家をしたことのある、ひとりの日本人です。
そして、挫折し、日本に帰国したひとりの日本人です。

また、英語にもタイ語にも堪能ではなく、はっきりとしていないことも多く含まれています。
ゆえに、精神的な境地や学術的な裏づけなどに関しては、私ではわかりかねる部分もあります。

私が見て、聞いて、触れて、そして思ったことや感じたことを紹介させていただくものです。

私自身、ここにまとめることによって、さらなる成長を志しています。

是非とも、ここをご覧になった皆様方との意見交換をはじめ、悩み多き、そして迷い多き人生の生き方についてご教示いただけることを願っております。

そして、ともに法を喜ぶ友となることができればうれしく思います。

『タイ佛教修学記』などという偉そうなタイトルは、おそらくこれらの記事には似つかわしくないかもしれませんが、強い求道の一心でタイへ渡ったのだという私の思いを込めたものです。



真理を喜ぶ人は、心からきよらかに澄んで、安らかに臥す。聖者の説きたもうた真理を賢者はつねに楽しむ。 -ダンマパダ 79- (『ブッダの真理の言葉』 中村元訳 岩波文庫)


生きとし生けるものが幸せでありますように・・・



⇒出家までのことを紹介します。

『仏教との出会い』



(『法を喜ぶ友となりますように』)

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