私が学んだ大学の図書館には、実にさまざまな文献があり、大変貴重なものや重要文化財もたくさん所蔵されていた。
昔の日本では、自らの学びを深めるために、自らの師を求めて、各地を訪ね歩いたという。
また歴史の中には、地位や名声を嫌い、深山幽谷に庵を構え、その一生を修行の道に生きたという者もたくさんいたという記録も多く残されている。
それはその当時としては、それほど珍しい話ではなく、文献の記述を探せば枚挙に暇がない。
私は、若い頃、「遊行(ゆぎょう)」や「頭陀行(ずだぎょう)」というものに、大変憧れを感じていた時期がある。
「遊行」というのは、修行のために諸国を巡り歩いたり、勉学に励むため、各地を遍歴することをいう。
“遊”の字には、他の土地へ赴くという意味がある。
一所不在。
決まった場所に定住せず、各地を点々と移動すること。
なかなかいいではないか!
「遊行僧」であるとか、「旅の僧侶」であるとかいった言葉をよく耳にするのではないだろうか。
「旅の僧侶」などと聞くと、それは時代劇なのかと失笑されそうではあるが。
言葉だけは聞いたことがあったとしても、実際には、そうした僧侶を見かけることは、まずないであろう。
「遊行僧」とは、わかりやすく言えば、“住所不定のお坊さん”といったところだろう。
現在は、住所不定というのは、生活に支障をきたしますため、実際には不可能なのであろうが、インド以来の出家者の生活スタイルとしては、むしろ“住所不定のお坊さん”の方が本来の姿に近いと言える。
タイの修行寺では、そのようなインド以来の出家者の生活形態が脈々と生きており、現代にまでよく伝えられている。
そうしたタイの環境もあって、数は少ないのだが、現在においても遊行僧であるとか、旅の僧侶が存在するし、誰にでもそのチャンスが与えられている。
堅い志があり、一定の条件さえ満たすことができれば、自身の師を求めたり、瞑想や学びの研鑽のため、他の僧院や修行道場を訪ねることも可能だ。
一般的ではないにしても、相当数の比丘たちがそれぞれの求めに応じて、出家したお寺を旅立っていく。
なかには、参拝者も、訪問者も、誰も近づくことさえ許さないような山奥のお寺へと身を置く者もいるほどだ。
私は、実際に、そうした山奥のお寺へと連れて行ってもらったことがあるのだが、あまりにもの凄い山奥ぶりに、一体どうやって生活をしているのだろうかという、些か俗っぽい疑問の方が気になってしまった。
とにもかくにも、大変驚かされたため、鮮明に記憶している。
こうした生き方を想った時、学生時代に図書館の文献の中で出会った生き方に思いを致したのであった。
きっと、こうした生き方だったに違いなかったのだろう・・・。
きっと、自らの生きる道を求め、どこまでも、どこまでも突き進んでいったに違いなかったのだろうと。
タイという異国の地で出家生活を送ったことで、学生時代に目にした文献に記されていた情景をほんの少しだけ体験することができた。
そして、その経験から具体的に思い描くことができた。
古の日本の姿と同じかどうかはわからないが、おそらくは、これに近いあり方であったのではなかろうかと感じたのであった。
人生の一時期を僧院で過ごし、瞑想や仏教の学びを専らとする生活を送るという、タイの一時出家の習慣は、在家者として社会を生きていうえで、確実に大きな意味があると私は感じている。
日本へ帰国してから、はや20年が経とうとしているが、心が重たくなってきた時には、こうした当時の出家生活を思い出すようにしている。
すると、心の奥底からスーッと軽くなっていくのを感じるのである。
(『遊行への憧れを抱いた若き頃』)
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