瞑想で最も大切なことは、いつも注意深くあることである。
身体がどのような状態にあったとしても、その状態をよく知り、よく気づいていること。
妄想せずに現実のありのままを認識して受け入れること、すなわち今ここに注意を向けていく“力”を養うための心のトレーニングこそが「瞑想」なのであった。
それは、何も坐って瞑想している時間や、歩いて瞑想している時間だけが“瞑想”というわけではない。
それは、何も坐って瞑想している時間や、歩いて瞑想している時間だけが“瞑想”というわけではない。
日常生活の全ての場面において常に注意深くなって、常に心がけていないといけないことだ。
そのための、最も手軽な手段として、タイで広く知られているものに『指の瞑想』というものがある。
確かに、とても身近で、非常に手軽な瞑想法である。
実際に、瞑想指導者・瞑想実践者を問わず、複数の人たちからこの瞑想を教えていただいた。
みな口を揃えて言うことは、「瞑想はやろうと思えば、いつでも、どこでも、どのような形でも実践できるものなのだ。」ということである。
まさに、日本人の瞑想のイメージを破る言葉だ。
さて、具体的に『指の瞑想』とは、どのようなものなのかと言えば、指の動きに注意を向けて、動いている感覚をゆっくりと、ひとつひとつていねいに観察していくというものである。
指が指に触れていることに気づき、その指の動きの“感触”をしっかりと捉えるようにする。
そのようにすることで、散漫になった心は、自分の指の“動き”と“感覚”へと向けられて、心に落ち着きが保たれるのである。
注目する箇所が違うだけであって、膨らみ縮みの瞑想法やアーナパーナサティと同じ論理である。
指が動いて指同士が擦れる感覚そのものに集中すれば、サマタの瞑想であるし、感覚の変化を観察し、無常を洞察していく方向で瞑想するならば、それはヴィパッサナーの瞑想となり得る。
『指の瞑想』は、日々、瞑想実践者が各々修している瞑想法に加えて、補助的に修されることが多いようだ。
集中力を育てて、冷静な判断力と客観的に観る“眼”を養うための手助けとなる瞑想法である。
ちょっとした空き時間やどうしても集中できない時、心に落ち着がない時、イライラとした時などに実践すると、心の落ち着きが保たれて心がよく静まる。
また、周囲が騒々しい時やまとまった瞑想時間が取れない時などの実践にも向いている。
忙しい方や時間が無いという方、あるいは瞑想することにまだ慣れていないという方におすすめの瞑想である。
場所も時間も問わないので、通勤電車や満員電車の中であっても実践が可能だ。
さらに少々騒がしい場所であったとしても全く構わない。
一日のなかで、少しの時間を見つけて『指の瞑想』実践してみるのもよい。
そうでなくとも、「気づき」の“きっかけ”として実践するのもよいかと思う。
(『指の瞑想』)
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2 件のコメント:
ブログ拝見しました。
「指の瞑想」があるらしいことは知っていましたが、具体的なやり方は初めて知りました。
ちょっとした時間があれば容易にできそうなので、スマホなど見ているよりもよっぽどいいかもしれませんね。
指先といえば、ミャンマーで一緒に瞑想していた方から聞いた話ですが、アスリートのトレーニングとして、日常生活において、手指の一本一本を意識をして動かすというのがあるそうです。これによって、身体のコントロール能力がアップするのだそうです。
あと、
私がリトリート中にやっていたことですが、シャツのボタンを留めるとき、両手の指の一本一本を気づきを入れながらゆっくり動かして行うと、手指がいかに繊細に連動して動いているわかります。指先は感覚の変化に敏感に反応しているのもわかり、身体は自分が思っているよりもたくさんの仕事をしているなと思ったものです。
指先は感覚が鋭敏ですから、日常生活でも指先に意識を向けいておくと、今まで気づかなかったことにも気づく良いチャンスでもありそうな気がします。
パーラミー 様
ブログをお読みいただきましてありがとうございます。
そして、コメントをいただきましてありがとうございます。
「指の瞑想」をご存知なのですね。ミャンマーにはありますか?
あくまでも「指の瞑想」は、主となる瞑想の補助的な瞑想としての位置づけのようで、「指の瞑想」だけを専修することはないので、あまり表立って紹介されていないのかもしれませんね。タイでは、いろいろな人から同じお話を聴きましたので、相当広く知られているようです。
アスリートのお話は私も聞いたことがありますね。また、ボディワークと言って、一種のボディスキャンのような、瞑想で言えば手動瞑想のようにして「観察」を行うものもあると聞きました。相当細かなところまで意識を向けていくようですね。詳しくはわかりませんが、とても瞑想に近いなと感じました。
コメントをいただきましてありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
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