タイ佛教修学記

佛法を求めてタイで出家した時のこと、出会った人々、 体験と学び、そして心の変遷と私の生き方です。


礼拝

阿羅漢であり正等覚者であるかの世尊を礼拝いたします

ナモータッサ ・ パカワトー ・ アラハトー ・ サンマー・サンプッタッサ(3回)


2011/05/14

頭陀行者


頭陀行者とは一種の遊行者のことであり、衣食住に関わる一切の欲を捨て去るための実践を行う者のことである。

出家をすること自体がその実践にほかならないのであるが、タイでは出家者の中でも特に志す者が遊行に出ることがある。


煩悩を離れ、少欲知足を実践し、足るを知る境地へ達するために古くから実践されているものだ。


現在も数はそれほど多くはないが、頭陀行者がいる。


上座部仏教では13の実践項目を数えるというが、大乗仏教では12の項目になるという。


参考までに手元の辞書で調べがついた日本の大乗仏教における頭陀行を紹介しておくことにする。



1、人里離れた静かなところに住する
2、一切を施しもので生活する(乞食による)
3、乞食する家を選ばない
4、一日に一食
5、食べ過ぎない
6、午後は水もとらない
7、ぼろ布を着る
8、三衣のみを所有物とする
9、墓地や死体捨て場に住する
10、樹下で寝る
11、空き地に座す
12、常に座し、横ならない



タイにおける森の寺は、これらの実践項目に近い生活スタイルを目指したものだといえる。


山奥の森の寺でのこと・・・

日が暮れかかった頃、境内の掃除をしていると、見知らぬ一人の旅の僧が寺に入ってきた。



聞けば、一晩泊めてほしいとのこと。

住職に話を通したら、許可が出た。

私も早々に掃除を終え、その旅の僧と住職とともに一息ついた。

その旅の僧は、頭陀行(遊行)をしているのだという。



その後、住職の厚意で、寺の境内の一角にある小屋を用意されたが、そこには泊らなかったようだ。

その旅の僧は、あえて小屋の中には泊らず、雨をしのげるだけの小屋の軒先で夜を過ごしたのであった。


翌朝、寺の托鉢の時間には、すでに姿はなかった。


寺の境内の
中に入ってきた時のその旅の僧の顔を今もはっきりと覚えている。


彼の顔のなんとすがすがしいこと。

とてつもなく澄み切ったきれいな顔。

彼のその軽く穏やかな表情は、非常に印象的であった。

今でも思い出せる。



人の心は顔に現れる。

怒っているときは怒っている顔になる。

悲しいときは悲しい顔になる。

悩んでいるときは悩んでいる顔になる。

苦しんでいるときは苦しんでいる顔になる。

人の心は顔に現れる。


感情が顔に出ないのは、よほどのポーカーフェイスな人間か、プロの詐欺師ぐらいか・・・と、私はそう思っている。



この旅の僧は、どうしてここまで自分を律した頭陀行を行うのだろうか・・・。

人間の性(さが)から少しでも離れたいが故に自ら頭陀行に出たのであろうか。



守るべきを持たない身軽さ。

すべてを捨て去り、すべてを他人からの施しに委ねたその命。


守るべきを持つことによって、どれだけ必死にそれらを守らねばならないのか。

守るべきを持つことによって、必死に守ることによって、また必死に守ろうとすることによって、いかに多くの悩み・苦しみを作り出していることか。


ほかならない、悩みとは自分自身で作り出しているのではないか。

彼には、その重みから解放された心地よさがあるのかもしれない。

たとえひと時であったとしても。


守るべきをつくり、悩みをつくり、つぶされながら生きる、それが人間の性(さが)なのだろうか。


この離れがたき人間の性(さが)が私の中にもある。



(『頭陀行者』)



メールマガジン『こころの探究のはじまり』を配信しています。
全45話にわたって求道の旅路を綴っています。





2 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

こんにちは。
いつも興味深くブログを拝見させてもらってます。

頭陀行とはパーリ語のDhutanga、タイ語で言うThudongのことと思いますが、日本語でそれに対応する言葉が存在することは初めて知りました。つまりかつては日本でも実践されていた修業法ということでしょうか。

私も数回、タイの地方で運転中に車窓から見たことがあります。私が見たのは3-4名のグループで、一度はウボンで三百名近い僧侶が警察車両のエスコートつきでやっているのを見ました(そういうのをThudongと呼べるのかどうか、わかりませんが)。いずれも灼熱の太陽の下、およそ人が歩くようなところではない幹線道路沿いの歩道がない路肩を英語でglotと言う、傘とも虫除けとも言えないものを持って歩いているので一見してそれとわかります。サンダルを履いてる僧侶もいましたが殆どは裸足でした。さすがアチャーン・チャーのお膝元、ウボンでは頭陀行者の簡易休憩所が道路沿いにあるのを見たこともあります(そう書かれていました)。灼熱の太陽の下、舗装路を裸足で歩くそのひたむきな姿にはいつ見ても胸を打たれます。

煩悩を断ちきるための修業法と聞きましたが、ドゥッカと向き合うという上でこれ以上有効な修行法はないようですね。ワット・ノンパーポンでは出家5年以上の僧に奨励されたそうですが、アチャーン・チャー自信、出家7年目の1946年に8年間、およそ400kmに及ぶThudongに旅立ったそうです。もちろん8年間ぶっ通しで遊行していたわけではなく、雨安居の間はどこかのお寺に籠もっていましたし、一年間アユタヤのお寺に止住していたこともあったそうですが。

また「ぼろ布を着る」ですがかつてはなんと、火葬場で拾ってきた遺体を包む布でつくった袈裟をまとうという徹底ぶりだったそうです。
アチャーン・チャーはまだお寺に火葬設備がなかった時代に森の火葬場で夜通し瞑想したり、暗闇の森で瞑想中に野生の虎と思える獣に遭遇したこともあるそうです。
また「常に座し、横にならない」ですがワット・ノンパーポンではワン・プラは常にオールナイターで瞑想したり法話が行われたそうですね。

不浄観もそうですが、話には聞いていましたが現在でもこういう修行法が現実に実践されているのを目の当たりにしたときは本当に驚いたものです。

Ito Masakazu さんのコメント...

Jun Ikeda 様

ブログをお読みいただきましてありがとうございます。
そして、コメントをいただきましてありがとうございます。

現在でも実際に頭陀行が実践されていることもタイの仏教のとても素晴らしいところのひとつであるかと思います。1人で実践するものから、3~4人で実践するもの、そして何十人、何百人という団体で実践するものなど、全てが「トゥドン」と呼ばれているようです。一時期、私と同じお寺にいたマハーチュラロンコーン仏教大学(モー・チョー・ロー)へ通っている学生比丘が「大学から一週間ほど“トゥドン”へ出かけるんだ」と言っていました。大学でもそういった修学課程があるのでしょう。このような形式のものも「“トゥドン”へ行く」と表現していました。比丘達のこうした実践は、どこへ行っても人々から篤く敬われるため、誰かしらが支援をしてくれます。
何十人、何百人という実践形式ともなると、日本で言うところの“野外活動”的な雰囲気となって良き体験ともなります。しかし、一人で実践するとなると相当の覚悟でもって臨まなければならないものとなるにもかかわらず、実際に自ら志して実践する人達が少なからず存在します。どのような事態に出会っても臨機応変に対応し得る技量と何事にも動じることのない器量が求められるでしょう。
私は蚊さえいなければ、どこででも寝ることができましたが、屋外で寝るということひとつであっても慣れていなければ少々苦痛かもしれません。道路を裸足で歩くということについては、毎朝托鉢の時には裸足で歩かなければなりませんから慣れていますので全く苦痛ではありません。むしろ、長距離を歩くということのほうが大変かもしれません。

その他、一定期間、お寺の境内で蚊帳を吊って外で瞑想して、外で寝泊まりをするという修行が開催されることもあります。この修行には私も実際に参加したことがあります。また、おっしゃる通り、ワット・ノーンパーポンの系列寺院では、現在でもワン・プラの日に徹夜瞑想や徹夜の法話会(法話会は特別な日のみ実施)が行われています。これは、おそらくアチャン・チャーを慕ってこうした伝統が継承されているものと思われます。

こうした真摯なる実践法が現代まで伝えられていて、実際に実践されているということは本当に素晴らしいことであると思います。しかし、こうした修行法も「心の下地」がどこまで成長しているのかということによってその理解に大きな差が生じます。ともすると、ただ単に“達成感”を得て終わってしまうということにもなりかねません。その点は、よく注意をしておくべきで、あくまでも頭陀行の目的と意義を理解しておかなければなりません。「達成感」を得ることがその目的なのではありませんから。私は、そうした機会には恵まれませんでしたが、もし頭陀行を実践する機会に恵まれることができれば、是非とも実践してみたかったと思っています。

コメントをいただきましてありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。