私は、還俗した後、インドへと向かい、ブッダゆかりの地を中心とした仏教遺跡をひとりで巡礼した。
格好をつけた言い方をするならば「巡礼」だが、単なる「バックパッカー」であったのかもしれない。
それはともかく、タイで知り合った日本人の友人のアドバイスによれば、比丘として仏跡を巡ったほうが待遇がいいから、還俗する前にインドを旅した方がよいとのことであった。
インドには、“修行者”を尊ぶ土壌がある。
ヒンドゥーの行者もたくさんいるし、わずかではあるが仏教徒も存在する。
仏教の比丘とわかれば、相応の対応をしてくれるそうなのだ。
比丘は、仏教寺院であれば無料(ないしは安価で)で宿泊することができるし(と言うよりも、基本的には、比丘は寺院に宿泊をしなければならない)、食事の供養も受けることができる。
タイほど手厚いもてなしではないが、それなりに優遇されるというのである。
私も、もちろん比丘としてインドの地を巡礼したかったのであるが、結論から言えば、還俗してからインドへと向かったのであった。
インドの大地 |
嗚呼・・・
私も、比丘としてインドの地を踏んでみたかった。
ブッダがお生まれになった地、インド。
かのブッダがこの土を踏みしめていたのだ。
仏弟子たちが瞑想修行に明け暮れた地なのだ。
ブッダやその弟子たちと同じ修行者として、ブッダゆかりの地へ行きたかった。
私は、ブッダその人と、原始仏教に憧れ、タイの森のお寺での瞑想修行を目指して、晴れて出家することができた。
それほどまでに熱い思いを持っていて、なぜ還俗してからインドへと向かう選択をしたのであろうか。
通常、タイの比丘がタイ以外の国を旅する時は、在家者を同行させる。
それは、常時、戒律を犯すことがないよう、比丘ができないことをお願いする人を身近に置いておくためである。
つまり、持戒生活を保つために“おつきの者”をつけるのだ。
タイの比丘にとって、戒律を守った生活を送ることは、何よりも重視される。
ところが、比丘は、戒律上、一人では何も動きをとることができない。
ゆえに、ひとり旅となると、必然的に戒律を破ってしまうことになるのだ。
タイと同じく仏教国を旅するであれば全く問題はない。
周囲は、みな仏教徒であるし、仏教寺院もたくさんある。
比丘として歩いていれば、誰かが助けてくれるからだ。
日本人には信じがたいことだと思うのだが、突然、食べ物を供養されたり、車に乗せてくれたりするのである。
比丘の手助けをすることは、大きな功徳となるからだ。
食べ物の心配をする必要はないし、宿泊する場所にも困ることはない。
ところが、インドではそのような都合にはいかない。
インドをひとり旅するとなると、絶対に持戒堅固な生活を保つことができなくなる。
はじめから必ず戒律を破るということがわかっているのであれば、それはやはりやるべきではないだろう。
私は、そのように判断したため、還俗したうえで、一介の在家仏教徒としてインドを巡礼することにしたのである。
ブッダガヤ大塔・金剛宝座と菩提樹 |
私にとってインドの地は別格であり、特別な場所だ。
あれほどまでに憧れたブッダ。
私が授かった戒律の師僧を遡れば、やがてはブッダその人に至る。
テーラワーダ仏教の比丘たちは、誰もがそうした誇りを持っている。
私もブッダの法を実践するブッダの弟子なのだ。
嗚呼・・・
しかし、戒律を破る選択をしなくて良かったと思っている。
在家者としでなければできない経験もたくさんさせていただくことができた。
言ってみれば、やはり“バックパッカー”としてインドを旅してきたわけである。
バックパッカーもなかなかいい旅である。
バックパッカー上等だ。
実に気ままな旅をすることができた。
自由にさまざまな国の仏教寺院を訪ねることもできた。
ブッダその人は、私の憧れではあったけれども、インドの地は少々“人”に疲れてしまう。
予定していた仏跡の巡礼を終えた頃には、タイが恋しくなってしまった。
インドの地は、私にとって特別な地ではあるけれども、私の第二の故郷は、やはりタイである。
バラナシのガンジス川から撮影 |
最後に、私が巡礼した主な場所を振り返ってみたい。
ブッダとその弟子たち、そして先人たちが仏教を実践し、伝えてきたインドの地に思いを馳せてみるのもまたよいのではないだろうか。
われながら、よくこれだけの地をひとりでまわったものだと感心する。
(自画自賛のようで大変恐縮であるが、大目に見ていただいて、何卒お許し願いたい。)
ブッダへの篤き思いの現れである。
今、もう一度、行って来てよいと言われたとしても、少々躊躇してしまうかもしれない。
もちろん、何度でも行きたい場所であるのは言うまでもない。
・ルンビニー:ブッダが生誕された地
・ブッダガヤ:ブッダが成道された地(悟りを開かれた地)
・サールナート:初転法輪の地(最初に説法をされた地)
・クシナガル:ブッダが涅槃に入られた地
(以上、インド四大仏跡)
・ラージギール:ブッダが仏教を説いた地(王舎城・竹林精舎・マガダ国の都)
・シュラヴァスティ:ブッダが最も長く滞在した地(舎衛城・祇園精舎・コーサラ国の都)
・サーンカシャ:天界へ昇って説法をして、降り立ったとされる地
・ヴァイシャ―リー:猿がブッダに蜂蜜を布施した地。第二結集が行われた地。
(以上、インド八大仏跡)
・ナーランダ僧院跡:玄奘三蔵が留学し、仏教を学んだ僧院跡
・サーンチ―の仏塔:最も古いとされている仏塔がある地
・ナグプール:インドの新仏教徒たちが多く暮らす街
(以上、インド)
・ナモーブッダ:ブッダが前世で虎の親子に自身の身体を布施したとされる地
(以上、ネパール)
・タキシラ遺跡:ガンダーラ美術の中心地
・ペシャワール:ガンダーラの中心都市(ペシャワール博物館)
・ラホール:有名なブッダ苦行像が収蔵されている博物館がある街(ラホール博物館)
(以上、パキスタン)
・アヌラーダプラ:ブッダ成道時の菩提樹の直系の子孫である菩提樹の木がある聖地
・キャンディ:ブッダの歯が祀られている「仏歯寺」がある街
・スリーパーダ:ブッダの聖なる足跡という意の山、スリランカの聖地
(以上、スリランカ)
サートゥ
(สาธุ / sādhu / 善なるかな)
(『インド・仏跡巡礼のこと』)
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