私がタイにいた当時の話ではあるが、なかでも『一休さん』は、国民的な人気を誇るテレビアニメのひとつであった。
タイ人で『一休さん』を知らない人はいないというほどだ。
仏教的かつ道徳的な内容であり、小僧さんたちのお寺での生活を描いたアニメであるという点がタイ人の感覚にとても近く、大いに親近感を抱かせたのではないかと私は感じている。
一方、“本家”である日本では、『一休さん』とは一種の昔話のような感覚でとらえられていることが多く、あまり現実味を感じるものではないような気がする。
また、一休さんのような若年の小僧さんの姿を見かけることはないし、アニメのようにお寺の中で小僧さんばかりが出家生活を送っているという景色もない。
しかし、タイのお寺の中では、今も実際にまだ幼さが残る若年の小僧さんたちばかりの出家生活があるのだ。
北タイのある僧院にて。
沙弥達とともに過ごした時間は、私にとっては忘れることのできないものだ。
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未成年の出家者のことを「沙弥」と呼ぶ。
出家をしたからには、たとえ子どもであったとしてもお寺で生活を送らなければならない。
学校も一般の人たちが通う学校とは別となり、お寺に併設されている沙弥達だけの学校へと通うことになる。
学校とは言っても、そこはあくまでもお寺だ。
クラスメイトは全員沙弥。
女の子は一人もいない。
朝の托鉢へもきちんと出なければならないし、朝夕の勤行も必須。
部屋は相部屋で、朝から晩まで集団生活を送る。
日本的に言えば、「全寮制の学校」そのものだ。
このように書くと非常に厳しい出家生活のように感じてしまうのだが、それほど堅苦しいものではなく、とても穏やかな生活である。
生まれ故郷の親元から離れて、お寺で出家生活を送る・・・言ってみれば、一休さんと同じような生活が実際に展開されているわけである。
そのようなところがタイ人たちの共感を呼び、タイで『一休さん』が“大人気”となった理由なのではないかと思う。
沙弥を経験したことのあるタイ人であれば、きっと思い出すであろうお寺でのエピソードも少なからずあるのではないだろうか。
みんなでちょっとした“遠足”。
お寺の支援者の人達と遊びに連れて行ってもらった時の写真。
こうしたちょっとした外出が彼らにとっては、なによりの楽しみでもある。
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タイの小僧さんことタイの沙弥たちは、みんな実に無邪気だ。
そして、実に大人だ。
日本の同年代の子ども達と比べてみると、これは少し違うなと感じるのであった。
おそらく多くの日本人は、小さな頃から出家を“させられて”とても気の毒なことだ・・・と、そう思うのではないだろうか。
しかし、私は、それはあまりにも短絡的な感じ方なのではないかと思う。
少なくとも、彼らの表情からは「寂しい」とか「辛い」といった様子は微塵も感じ取ることはできない。
それは、日本で言えば、まるで林間学校や合宿のような楽しい雰囲気だ。
私は、タイの沙弥達と寝起きをともにしたことがあった。
お寺での生活はどうかと何人かの沙弥に尋ねてみた。
さて、どのような返答を想像するだろうか・・・。
意外なことに、「寂しい」とか「辛い」などという答えはなかった。
みんな「毎日が楽しい」と答えたのだ。
こんなことを学びたいと語ってくれた者もいた。
将来の夢を熱く語ってくれた者もいた。
人懐っこく慕って来てくれた者もいた。
私自身も、そんな彼らとともに過ごす時間がとても楽しかった。
私は、長らく沙弥の期間を過ごした。
「日本人」の「沙弥」だと言うと・・・『一休さん』を連想させるのであろうか。
よくタイ人たちから“一休さん”と呼ばれることがあった。
私は私で、「私のニックネームは、『イッキュウサン』です。」と自己紹介をすると、多くのタイ人たちは笑ってくれて、大いにその場が和むのであった。
若き頃より仏教を学び、仏教的な価値観の中で生活し、仏教的な生き方を身につけておくことは、とても大切なことであると思う。
その学びは、豊かな心を育み、必ずや一生の宝物となるに違いない。
その機会を持つことができるのは、非常に幸せなことなのではないかと私は感じるのだ。
私とともにひと時を過ごした多くのタイの小僧さんたち。
その後も、ずっと出家を続けている者はごくわずかなのかもしれない。
おそらく、そのほとんどの者たちは還俗し、ごく普通の家庭生活を営んでいることだろう。
おそらく、そのほとんどの者たちは還俗し、ごく普通の家庭生活を営んでいることだろう。
善き大人となり、若き頃に学んだことや感じ取ってきた大切なことがらを、今度は彼らの子どもたちに伝えていることであろうと思う。
きっと。
果たして、私の少年時代はこんなにも心豊かで、こんなにもいきいきと輝きながら生きていただろうか・・・タイの小僧さんたちとともに過ごしながら、つい自らの心に問いかけたのであった。
(『タイの小僧さんたち』 )
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