タイ佛教修学記

佛法を求めてタイで出家した時のこと、出会った人々、 体験と学び、そして心の変遷と私の生き方です。


礼拝

阿羅漢であり正等覚者であるかの世尊を礼拝いたします

ナモータッサ ・ パカワトー ・ アラハトー ・ サンマー・サンプッタッサ(3回)


2017/06/18

タイのお守りとタイで出会った人々3


朝8時のタイの景色をご存知だろうか。

勘のいい人は、「朝8時のタイ」という言葉で“ピン”と来るかもしれない。


タイでは、毎朝8時にテレビやラジオなどで必ずタイ国国歌が流される。

その際、特に駅やバスターミナルなどでは、歩いていても、しゃべっていても、仕事をしていても、すぐに立ち止まって、直立不動の姿勢で敬意を表さなければならない。


座っていたのならば、すぐに起立して、直立不動の姿勢で敬意を表する。

この風景は、多くの日本人にとっては、おおよそ想像ができるものではないだろう。


近年、インターネット上では、多くの方がこのことを採りあげ、記事として掲載していたり、動画を掲載していたりする。

ご興味のある方は、そちらをご覧いただくと、その雰囲気がよくわかるかと思う。


こうしたいわゆるタイの慣習や礼儀作法に関しては、ガイドブック等にも記載されているので、ある程度のことは事前情報として得ることができる。(※1)

たとえ旅行者であったとしても、タイの礼儀作法は知っておいたほうが望ましいので、タイを旅行される際には、是非とも心に留めておかれるとよいかと思う。


ところが、ガイドブックに書かれていることは、あくまでも“一般社会”の礼儀作法についてである。

当然のことながら、それらに加えて、お寺の中にはお寺の礼儀作法というものがある。

さらに、出家者には、出家者がとるべき立ち居振る舞いや所作というものが厳としてあるのだ。


平たく言えば、こういう時にはこのようにする、ああいう時にはこのようにする、というものがあるわけだ。

それらは、ガイドブックに書かれてはいないので、日々の生活の中で周囲をよくよく観察し、よくよく注意し、よくよく気をつけていなければならない。


時には、人に尋ねることも必要だし、確認することも必要だ。

自分自身で見て、聞いて、確かめながら、礼を失することのないよう自分自身で身につけて行かなければならない。


そうした出家者のとるべき立ち居振る舞いについてのちょっとした私のエピソードをひとつご紹介したい。





複数のタイ人に尋ねてみたが、 
このお守りの意味や使い方などは、 
よくわからなかった。  
旅の比丘が私の幸せを願って
私に譲ってくれたであろうことは確かだと思うので、
その旅の比丘の気持ちとともに大切にしている。(※2)





これは、金属製の薄いプレートのお守りである。

日本で言うところの、いわゆる“お札”のようなものだ。


私としては、とても珍しいものであったうえに、ちょっとしたエピソードとも重なり、とても思い出深いものとなった。



ある所用で夜行バスに乗ってバンコクへ行った時のことであった。

バンコクのバスターミナルのベンチに座って“朝8時”を迎えた。

先述の通り、バスターミナルでは朝8時にはタイ国国家が流れる。


朝8時。


・・・タイ国国家が流れる。

この時間、お寺では朝食を摂っている時間だ。

托鉢以外で、朝のこの時間帯にお寺の外を歩くことなどない。


周囲の人達は、一斉に起立する。


歩いている人達は、ピタリと立ち止り、直立不動となる。


お寺での生活しか知らない私は、言うまでもなく、お寺以外の場所の朝8時の風景というものを見たことがない。

まして、日本にはないこうしたタイのマナーを教えられたことがない。


さぁ、どうする!


もしも、普通の旅行者であれば、周囲の人達の真似をすればよい。


しかし、出家者もそうであろう・・・か・・・?


出家者は、この時間をどのように過ごし、どのように対応するべきなのだろう?

考えている余裕などない。


私は、とっさに起立し、周囲の人達と同じく直立不動の姿勢をとった。


・・・すると、「トントン」と、隣からなにやら感触が伝わってきた。



「立つ必要はない。座っていなさい。」



そっと話しかけられた。


偶然にも、私の隣には比丘が座っていたのだ。

彼も夜行バスでバンコクへ来たのであろうか。


比較的年配の比丘であった。

その雰囲気から旅の比丘なのだろうか。


出家者である沙弥や比丘は、周囲の人々と同じく起立する必要はなかったのである。


タイでは、出家者は常に「敬うべき存在」として扱われるため、この時間は、座っていてもよいのである。


・・・そういえば、以前、私と仲良くなった比丘が、



「たとえ、国王陛下であったとしても、出家者のことを敬うんだよ。」



ということを私に教えてくれたことを思い出した。


そう、タイは、国王陛下も一時出家をご経験なさるのだ。(※3)


出家者となったからには、出家者のとるべき行動、とるべき所作がある。

出家をしたからには、在家と同じ気持ち、同じ所作ではいけないわけだ。


それは、敬意をはらわれるべき存在であるからに他ならない。

だからこそ出家者なのだ。


偶然にも、隣に座っていたのが旅の比丘で助かった。

国歌斉唱が終わり、再び先ほどまでの忙しい朝の街の風景へと戻った。

すると、その旅の比丘が私に話しかけてきた。



旅の比丘:
「どこから来たのかい?」

私:
「チェンマイから来ました。」

旅の比丘:
「ほう・・・。」

旅の比丘:
「君は、何人だ?」

私:
「日本人です。」

旅の比丘:
「ほうほう・・・。」



そんなような会話を交わしたと思う。


この時に、この旅の比丘からいただいたものが、この金属製の薄いプレートのお守りだ。


後日、タイ人に聞いてみたところ、このお守りは「大切にするといい。」とのことだった。

しかし、それ以上のことはわからなかった。


書かれている文字は、タイ文字ではなく、何を意味するものなのかも全くわからないと言っていた。


タイ人であればなんの変哲もない街の風景。

しかし、私は、外国人。

知らないことばかりである。

努めても努めても、知らないことは尽きることがない。


外国人が多いお寺で出家をした場合、タイのことを何も知らずに過ごしてしまうこともあるのだという。

それはそれで構わないと思う。


しかし、私は、できるだけタイ人と同じようにして過ごしたかった。


タイという国そのものを理解したいと思ったし、そのうえで本物の仏教を学びたいという強い思いがあった。

だから、できる限りタイ人がやるように、できる限りタイ人と同じように過ごしたいと心がけてきたつもりだ。


特に、私はタイの習慣を知らない外国人であるのだから、そのあたりは特に注意を払ってきたつもりではあるが、やはり振り返ってみれば恥ずかしい思いをしたことも多々あった。


このお守りを眺めると、バンコクのバスターミナルでのあの出来事と、隣にいた比丘が教えてくれた時の安堵感、そして知らなかったばかりにしでかしてしまった恥ずかしかったことの数々を思い出すのである。



少々、気持ちが引き締まる瞬間だ。



数回に渡って、私の手元にあるタイのお守りをご紹介させていただいた。

思えばたくさんあるものだ。


こうした“お守り”は、決して嫌いではないので、たまに眺めてみることがある。

集めたというよりも、“集まってきた”という表現の方がしっくりと来るような気がする。


離れていたものが集まる。

集まっていたものが、また離れていく。

世の中、そうしたことが延々と繰り返されている。


縁があって私の手元へ来たものばかりだ。

だが、ひとたび縁が尽きれば、私の手元から離れていくのだろう。


全ての事象、全てのものごとがみなそうである。

私の手元にあるものも、私の周囲にあるものも、私の身体そのものもまた例外ではない。



・・・そのことを思うと、ふと心が穏やかになるのであった。



註:


※1 私が持参した当時のガイドブックにもその記載がある。

ガイドブック 『地球の歩き方 やすらかなる国 タイ 2002~2003版』

・「ジェネラル インフォメーション」

『【国歌】「プレーン・チャート(タイ王国国歌)」。駅やバスターミナルなどでは、毎日8時と18時の2回、国歌が流される。曲が流れている間は起立し、動かないこと。映画館では本編上映前に国歌か国王賛歌が流される。その際も起立すること。』(『地球の歩き方』8頁)

・「知っておきたいタイ事情」

『映画館では上映前に国王の肖像が映写され、王室賛歌が流される。その際は必ず起立すること。バスターミナルなどでは朝晩2回、やはり王室賛歌が大音量で流される。その際もできるだけ不動の姿勢をとろう。』(『地球の歩き方』406頁)

都会から離れた地方などでは、実に穏やかな時間が流れている。
偶然、ラジオ等から聞こえてくる国歌によって、その時間を知るといった具合である。
私は、多くの時間を森のお寺で過ごしたため、都会のこうした風景と出会った時はまさに驚きであった。



※2 複数のタイ人に、画像にあるお守りの意味や使い方などを尋ねてみたが、結局のところは、はっきりとしなかった。

ただ「大切にしておくとよい。」ということしかわからなかった。

画像のようなお守りは、折り曲げるなどして小さくしたうえで常に身につけていたり、家の壁に貼ったり、いわゆる神棚のような場所に置くなどして、大切にするということである。

タイ人によると、お守りを作った本人やお守りをくれた本人に、これはどういうお守りなのかということを直接聞かなければわからないということであった。

お守りを頒布している寺院やお守りを作っている専門家がおり、そうした専門の人に作ってもらったり、呪力を込めてもらったりするということである。

日本人が日本のお守りの詳細な意味をよく知らないことと似ていて、とても親近感を覚えた。


また、このお守りに書かれている文字は、タイ文字ではないため、一般のタイ人にはその意味はわからないのだという。

非常に興味深いことに、タイ人からの答えの中に、書かれている文字は、「古いカンボジアの文字である」という答えや「コームの文字である」という答えが聞かれたことである。

それぞれに一致しないその答えに戸惑いを感じたが、少々調べてみたところ、これらのタイ人からの答えは、かなり信憑性のあるものかと思われる。


佐々木教悟『上座部仏教』(1986年 平楽寺書店)によると、「コームの文字」とは、11世紀末から12世紀初めにかけての頃に使われていた古いカンボジア文字のことであり、現在のタイのテーラワーダ仏教(セイロン大寺派上座部仏教)がタイへ伝わる以前より使われていた文字のことである(『上座部仏教』「タイ族の仏教受容」3頁~16頁)。

また、スコータイ王朝第3代のラームカムヘン王がこの「コームの文字」を改正し、独特のタイ文字を考案したものが、現在のタイ文字であるとされている(『上座部仏教』8頁)、ということである。


よって、「古いカンボジアの文字」であるという答えも、「コームの文字」であるという答えも、答えとしては同じことを意味しており、一致している。

古い文化が現在でもこうしたところに伝承されているということは、非常に興味深いと感じるし、とても面白いと感じた。

是非とも、お詳しい方のご教示をお願いしたいと思う。



※3 タイ国の憲法によって、国王は仏教徒であることが定められている。

『(国王は)「仏教徒であり且つ宗教の保護者」(第10条)として宗教界の頂点に立つとされている。』(Wikipediaより) 

なお、ご崩御なされたプーミポン国王陛下は、バンコクのワット・ボーウォンニウェートにてご出家をなさっておられる。



参考文献:

〇ガイドブック 『地球の歩き方 やすらかなる国 タイ 2002~2003版』




〇佐々木教悟『インド・東南アジア仏教研究Ⅱ 上座部仏教』1986年 平楽寺書店





関連記事:


『タイのお守りとタイで出会った人々1』


『タイのお守りとタイで出会った人々2』



(『タイのお守りとタイで出会った人々3』)





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