私が出家したチェンマイの山奥にある小さな森のお寺は、仏塔に仏足石を祀る“仏足石の寺院”である。
バンコク周辺やタイ中央部では、あまり見かけるのことのない仏足石であるが、北タイでは仏足石に対する信仰が強く、仏足石を礼拝対象とする寺院やブッダの足跡のように見える石や岩のくぼみを礼拝対象とするお堂がよく見られる。
非常に細かな作りの仏足石もあれば、一見すると、どのように見たらブッダの足の形に見えるのだろう・・・?と、なんとも罰当たりなことを考えてしまわざるを得ないような仏足石までさまざまだ。
どちらかといえば細かな作りの仏足石よりも、後者のように足の形には見えないような自然の石や岩にできた“くぼみ”をブッダの足跡として礼拝対象になっていることの方が多いように思う。
これがブッダの足跡であると言われれば、確かに“足の形に見える”といった具合だ。
しかしかがら、自然界にできた足跡のように見える“くぼみ”をブッダの象徴として、あるいはブッダそのものとして大切に信仰されてきたものである。
これは、まぎれもなくブッダの足跡なのである。
事実、ブッダが実際にここへ来た時の足跡であるという言い伝えを持つものが少なくない。
だからこそ、ブッダがここへ来たことの“証”として大切にされているのだ。
なぜ北タイにこうした信仰が根づいているのかを探究したくなるところであるが、テーマがなかなか深いのでここでは触れないことにしたい(どなたかお詳しい方がいらっしゃれば、ぜひともご教示いただければと思う)。
ともあれ、私が出家した山奥の小さなお寺もまた、北タイのこうしたブッダへの篤い信仰を受け継でいでいるお寺のひとつだということである。
僧院の境内である広い山の中には、近隣ではよく知られているらしい自然石の小さな仏足石がある。
その仏足石では、地元のカレン族による大きなお祭りが執り行われる。
そう、私が出家した小さなお寺は、仏足石のお寺であるとともに、カレン族に支えられているお寺でもあるのだ。
美しい民族衣装を着た地元のカレン族の人たちが銅鑼を打ち鳴らしながら、山中にある仏足石まで練り歩く大変賑やかなお祭りだ。
ここで特筆すべきは、僧院内の出家者や修行者たちは、お祭りには一切関わらないし、一切関係がないという点だ。
僧院として関わることがあったとしても、お布施を受け取る際に祝福する程度である。
その他諸々、あくまでもお祭りをやっているのは、村の在家の人たちであって、僧院や出家者には関係がないというスタンスだ。
賑やかな境内を横目に、私の指導の先生にどのようにお祭りの日を過ごしたらよいかを尋ねたところ、『いつもの通りに過ごしていればよい』『見学に行きたければ行っても良いが、瞑想の邪魔にならないようにしなさい』ということであった。
『お祭りの邪魔にならないように見学する』のではなく、『瞑想の邪魔にならないようにお祭りを見学する』か・・・なるほどと思った。
だから私は、このお祭りをほとんど見ていない。
何のためのお祭りで、境内でどんなことをやっていて、いつ始まっていつ終わったのかなど、お祭りについてほとんど知らない。
ここに書いていることは、ほんの一目だけ目にした時の様子と、嫌でも聞こえてくる賑やかな音と、僧院内の人から伝え聞いたことだ。
今思えば、少しもったいないことをしたと思わなくもないが、私は仏教と瞑想を学ぶためにタイで出家をしたのだから、これで良かったのだ。
・・・お祭りが終わった後、地元のカレン族出身の先輩比丘に呼ばれた。
『ちょっと俺について来い!』
そのように言われて、山中にある仏足石のところまで連れて行かれた。
今日は、ここにたくさんの人たちが集っていたのだろう・・・人が歩いた跡がはっきりと残っている。
先輩比丘が自然石にできた“くぼみ”を指して『これが仏足石だ(ブッダの足跡だ)』と教えてくれた。
さらにブッダの足跡とされる“くぼみ”にたまっている雨水が非常に霊験あらたかな水なのだそうで、飲むと良いのだと教えてくれた。
『へぇー』と受け流したが、『とてもご利益がある水だからお前も飲め』とすすめられた。
泥水ではないものの、落ち葉や砂、細かな塵が混じっているのが見える。
いくら神聖なるブッダの足跡にたまった水だとはいっても、山中の自然石にたまっている“生水”だ。
霊験あらたかな水であったとしても、さすがにそれには抵抗があった・・・
躊躇していると、『衣で漉して飲めば問題ないから』と言って、半ば強引に私の衣をひっぱって手のひらの上で水を濾しながら汲んでくれた。
さすがはカレン族出身の先輩比丘、非常にワイルドだ。
ここまでされてはもう逃げられない・・・仏足石の“ご霊水”のご利益を信じつつ、腹をくくって大切なひと口の水をいただいた。
腹を壊しはしないか不安ではあったが、こうまでして私に水を飲ませてくれた先輩比丘の気持ちが嬉しかった。
忘れられない仏足石の、そして先輩比丘との思い出深いエピソードだ。
思えば、私は仏足石とは深い縁があるようである。
実は、学生時代に大変お世話になったお寺にも仏足石があった。
だから、私にとって仏足石は、とても身近で、とても親しみを感じる存在だ。
日本では、仏足石をブッダそのものとして礼拝するというよりも、足腰の健康を求めて信仰されることが多いのではないだろうか。
あるいは、仏像が作られる以前はブッダの象徴として礼拝対象とされていたという歴史的なことを踏まえながら“釈尊”を偲ぶという位置づけではないだろうか。
タイの仏足石のように、ブッダが『実際にここへ来た』そして『この足跡はそのことの証である』といった言い伝えを持つものではないし、自然石にできた足跡に見える“くぼみ”を仏足とすることも少ないのではないかと思う。
同じ仏足石でも、日本とタイとでは、そのとらえ方が若干異なるのかもしれない。
そんな仏足石であるが、私の手元にこうした一連の記憶を思い起させてくれる大切なものがある。
一般的なものよりも少し大きなブッダの足をかたどったプラクルアン(タイのお守り)だ。
これは、私が出家したお寺のお堂の棚に置かれていたものである。
日々の読経をはじめ、朝食、瞑想・・・全てこのお堂のなかで行う。
毎日出入りする建物だけに、毎回この仏足石が目に入るようになった。
いつも目にするうちに仏足石に縁のある私が、偶然にも仏足石を祀る僧院で出家し、今日このように修行に励むことができたその記念として、ブッダの足跡である仏足石を身近に置きながら瞑想に励みたい・・・そのように思うようになったのだ。
そして、その思いは、日に日に強くなっていったのだ。
修行の観点から言うならば、大変お恥ずかしいことであるが・・・そういったものを『煩悩』というのだが。
ある日、思い切って僧院長である住職にダメ元で『これを私にくださいませんか』とお願いをしてみたところ、なんとふたつ返事で快く私の願いを聞き入れてくださった。
さらに、その場で祝福とそのお守りの裏側に僧院長の署名まで入れて私に授与してくださったのだ。
当時、私はサーマネーン(沙彌)だったので、私の名は“沙彌イトウ”となっている。
『授与する
サーマネーン・イトウ
仏法に栄えあれ
住職の名前
日付』
・
・
・
帰国後は、ずっと大切にしまい込んでいた。
しかし、最近、ふと思い立って、その仏足のお守りを私の机の上へと持ってきた。
そして、いつも見える場所、いつも手が届く場所、いつも手を合わせることができる場所へと置いて、日々の励みとしている。
ここにブッダが立っておられるのだ。
ブッダの足跡がある僧院で瞑想に励んだ。
歩みを止めてはならない。
仏法に栄えあれ!
私は、完成された人間ではない。
悲しむこともあれば、落ち込むこともある。
腹を立てることもあれば、怒りをあらわにすることもある。
恐怖にかられることもあれば、虚しさに襲われることもある。
人を羨むこともあれば、人を恨むこともある。
困ったことに出くわすこともあれば、私の力ではどうにもならないことに出くわすこともある。
そのような時にどう対応するのか?
毎日の生活のなかで学びをどう活かすのか?
仏教や瞑想は、お寺の中だけのものではない。
本の中にだけあるものでもないし、到底理解できないような難解な学問であるわけでもない。
私の毎日の暮らしの中にこそあるものであり、私とともにあるものである。
『いま』『ここ』という言葉をよく耳にするようになって久しいが、『いま』『ここ』をどう生きるのか・・・?
そして、今日という日をどう生きるのか・・・?
そうしたことをこの仏足石は、私に語り掛けてくれているのだ。
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ぜひご一読ください。
(『仏足石が私に語り掛けてくれるもの』)
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